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奈良地方裁判所 昭和50年(ワ)181号 判決

原告 樫根修弘

被告 国

訴訟代理人 宗宮英俊 河田穣 吉田文彦 間井谷満男 ほか六名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 原告は、昭和四九年七月一五日以降大和高田片塩特定郵便局局長たる地位を有することを確認する。

2 被告は原告に対し、昭和四九年七月一五日以降毎月一七日限り金一二一、九三二円を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 二項につき仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告は原告に対し、金九、一二四、四一三円およびこれに対する昭和五〇年一二月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(主位的、予備的双方の請求の趣旨に対し)

1  主文一、二項同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  主位的請求原因

1  原告は大和高田片塩特定郵便局(以下片塩局という。)の元局長であつた訴外樫根靖三(以下靖三という。)の次男であるが、いわゆる樫根家では将来は原告を片塩局の局長に就任させるべく、その下準備および局長業務の研鑚も兼ねて、原告を昭和四五年二月一二日付で郵政省事務員とさせた。そして原告は昭和四五年二月一二日より同年一〇月一五日まで片塩局にて郵便業務に、同年一〇月一六日より同四七年四月九日まで新庄特定郵便局で郵便業務に、同年四月一〇日より同四九年八月二〇日郵政省事務員を退職するまで片塩局において為替業務にそれぞれ従事してきたものである。

2(一)  原告の祖父訴外樫根新一(以下新一という。)は、昭和六年ころ勅令二一五号(大正四年一一月三〇日公布、同年一二月五日施行)一条にもとづくいわゆる「勅令請願通信施設」と呼ばれる高田本町請願三等郵便局の開設を申請し、昭和七年四月一日、当時の逓信大臣小泉又次郎よりその開設を認められ、同日付をもつてその局長に就任した。

(二)  右勅令二一五号の公布、施行以前は、通信機関設置の請願者は町村に限られていたのであるが(勅令四一号、明治三六年三月二〇日公布、同年四月一日施行)、請願者を町村に限定していたのでは国はその当時における通信機関設置に関する国民の切実な要望に応じることができず、またその整備拡充をすべて国費でまかなうことは財政上の制約から不可能であつたため、前記勅令二一五号の公布、施行のはこびとなつたものである。そのため請願者は施設に必要な一切の費用(創設費、維持費)を負担する必要があり(勅令二一五号二条一項)、新一は維持費だけでも当時の金で毎年一、〇九〇円を五か年間継続して国庫に納入している。

(三)  右新一は昭和二〇年五月二一日死亡したので靖三は前記郵便局局長を承継したい旨の書面を当時の逓信大臣に届出て、同日付をもつて右郵便局局長に就任した。けだし、請願者は前記のごとく請願三等郵便局の開設には多額の資金を出捐しているので、その地位は一種の財産権であることが国家によつて承認されており、したがつて相続により請願者の地位も当然にその承継が承認されていたのである(逓信省令五五号一六条二項参照。)。

(四)  その後高田本町請願三等郵便局は、昭和一六年一月二八日勅令九五号にもとづき、大和高田片塩特定郵便局と改称されたので、靖三は同日付で片塩局局長となり、同人が死亡する昭和四九年六月五日までその地位にあつた。

3(一)  特定郵便局(以下特定局という。)とは「特定郵便局長を長とする郵便局」をいい、小規模のものが多く、そのうち郵便物の集配事務を取り扱うものを集配特定局、郵便物の集配事務を取り扱わないものを無集配特定局と称している(片塩局はこれに属する。)。

特定局と普通局とは、後記のとおりその長の任用方針が異なるほか次の点に相違が見られる。

(1) 窓口機関を都市、山間、へき地を通じあまねく散在させるため、小規模の特定局が配置されている。

(2) 定員は事業別によらず、内勤、外勤別に配置されている。

(3) 服務方法は、ほとんど大部分の局が総合服務とされている。

(4) 経費は人件費を除いて大部分の局が渡切経費になつている(但しその額はきわめてわずかである。)。

(5) 局舎は大部分が所有者である当該局長からの借上げによつている。

(6) 無集配特定局の従業員には、局長の家族従業員が比較的多い。

(二)  特定局の施設は、前記の請願特定郵便局の設立にみられるごとく、請願者個人財産の出捐によつて行なわれたものであるから、特定局局長の地位は古くは相続の対象となり、その任用資格も年令二〇才以上の男子であれば足りるとされていた。昭和二一年五月、特定局長の任命規定を改正して、女子も特定局長に任用できるみちを開いたが、その改正の意図は当時特定局長の中から多くの公職追放該当者が出ることが予想されていたので、その任用資格を男子に限定すれば、もし特定局局長に適当な男子の後継者を見い出せない場合、特定局局長の地位の承継が不可能になることを考慮して、女子も特定局局長に任用できるみちを開き、その地位の承継に便宜をはかつたものである。

(三)  昭和二二年一〇月二一日公務員法が公布され、特定局局長も一般職の国家公務員となつたが、その任用基準は従来の「年令満二〇年以上の者」が「年令満二五年以上の者」と改められただけで、特定局局長の相続性は事実上認められ今日に至つている。すなわち、国家公務員法は、公務員任免の根本基準として能力主義をかかげ(同法三三条一項)、又、職員の採用は競争試験による旨を規定しているが(同法三六条一項本文)、特定局局長の採用についてはその沿革を考慮して、競争試験を採用することなく、郵政省の定めた選考基準によつて行なわれているのである(人事院規則八-一二「職員の任免」四五条五項参照。)。

(四)  従つて、特定局局長が死亡その他の理由でその地位を退任した場合に、その遺族ないし親族が特定局局長の後任にその任用を申出さえすれば例外なく、その遺族ないし親族が任用されているのが実情である。特に、原告のごとく早くから特定局局長に任用されることを目指して郵政省事務員となり、その業務を研鑚してきたものがその選考にもれるなどということは例のないことである。

4(一)  前記特定局設立の歴史的事情から、特定局局長の任命行為は長年にわたり形式的なものとなつており、原告が片塩局局長であるためには、次の要件を充足すれば必要にして十分であつて、任命権者の形式的な任命行為は必要としない。

(1) 片塩局前局長樫根靖三の死亡に伴う権利の承継。

前記のとおり、片塩局はいわゆる請願三等郵便局として原告の祖父新一が多額の金員を出捐することにより設立したものであり、設立当初より右局長の地位は一種の財産権として相続ないしその譲渡が認められていたものであるが、昭和四九年六月五日靖三の死亡により同人の相続人である原告は、片塩局局長の地位を承継すべき権利を取得した。

(2) 原告の片塩局局長に就任したい旨の申出。

片塩局局長の地位は財産権であつても、右の権利は負担を伴う権利であるから、右権利を取得した者がその就任を希望する場合にはしかるべき時期に任命権者に対し、就任の申出が必要と考えられる。原告は昭和四七年五月ころ、近畿郵政局人事課長吉川喜久男を訪ね、片塩局の局長であつた靖三が当時病気のため休職中であつたので、同人の後任には原告を任用されたい旨を申出、その後再三、再四にわたり、任命権者である被告の近畿郵政局長に対し就任の申出をなしている。

(3) 任命権者が原告に片塩局局長としての適性の有無を検討するのに必要と考えられる期間の経過。

特定局局長の地位は負担を伴う権利であることは前記のとおりであるから、任命権者においても、権利者がその義務の負担に耐えうるか否かを検討する権利は認められるべきであり、右の検討をするには若干の日時を要することも是認することができる。原告の父靖三は昭和四九年六月五日に死亡し、任命権者はその後任として昭和四九年七月一五日訴外平井米蔵を任命しているが、原告についてもその程度の期間があれば、任命権者は原告に片塩局局長の適性を認め、原告を右局長に任命することができたはずである。しかるに任命権者である被告の近畿郵政局長松井清武は右期間を漫然と徒過しただけでなく、前記日時に前記平井を片塩局局長に任命することにより、原告が右局長に就任する途を閉ざしたものである。

(二)  右松井の昭和五〇年二月二八日付訴外樫根加代子宛の書面によれば、特定局局長の任命は局内の労働事情を特に考慮して選考している旨を述べ、言外に片塩郵便局にはあたかも労働事情が内在し、原告の手腕、力量においてはかかる労働事情を円滑に処理できないことを匂わせているが、片塩郵便局は原告を除けばその当時三名の女性局員しか勤務しておらず、局長の選考について特に考慮しなければならないような労働事情は存在しておらず、従つて被告が原告の片塩局局長の任用を拒否したことは、従来からの慣行を無視した差別ないし任用権の濫用であつて、無効なものといわなければならない。

(三)  よつて原告は昭和四九年七月一五日に片塩局局長に任命されたものとみるべきである。

5  原告が片塩局局長に任用されておれば、原告には俸給表五級一二号が適用され、本俸一一二、九〇〇円およびそれに八パーセントの管理職手当が支給されるので、その月額給与は金一二一、九三二円を下らず、かつその支給日は毎月一七日である。

6  よつて原告は昭和四九年七月一五日以降大和高田片塩特定郵便局局長たる地位を有することの確認および昭和四九年七月一五日以降毎月一七日限り金一二一、九三二円の給与の支払を求める。

二  予備的請求原因

1  新一は前記のとおり昭和七年四月一日片塩局の局長に就任したが、同人は片塩局の開設にあたり総額五、二二五円の請願金を被告に納入しているので、片塩局局長の地位は財産権として相続の対象となつていたが、昭和二〇年五月二一日同人の死去に伴い、相続人靖三がその地位を相続した。

2  靖三は昭和四九年六月五日死亡したので、原告は右靖三の相続人である樫根加代子(妻)、同樫根善彦(長男)、同樫根学(三男)、同岡本かず子(長女)と遺産分割協議の結果、原告が片塩局局長の地位を相続することになつた。

3  前記のとおり被告は原告が片塩局局長に就任することを理由もなく拒絶したが、片塩局局長の地位は新一が昭和七年当時の金員で五、二二五円を出捐することにより取得したものであるから、右局長の地位と右の金員とは対価の関係にあり、被告が原告の片塩局局長に就任することを拒絶した以上、被告は右の金員を右新一、靖三の相続人である原告に返還すべき義務がある。

4  昭和七年当時の米価は一石(一四〇キロ)当り二九円八六銭であり、昭和五〇年産米の標準米価(小売価格)は三五、〇〇〇円であるから、その倍率は一、一七二倍を下らず、右新一が五、二二五円を出捐して取得した片塩局局長の地位の経済的価値は六、一二四、四一三円を下らない。

5  また、原告、その家族および近隣の人々は前記靖三の死後は原告が片塩局局長となることを信じて疑わず、かつ原告自身も片塩局局長の下準備とその研鑚を兼ね、昭和四五年二月より郵政省事務員となつたのであるが、被告の理由なき拒絶のため片塩局局長になることができず、その精神的苦痛をいやすための金員は三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

6  よつて原告は被告に対し、請願金六、一二四、四一三円および不法行為による損害金三、〇〇〇、〇〇〇円ならびにこれらに対する就任拒絶後である昭和五〇年一二月二〇日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  主位的請求原因に対する認否および主張

1  主位的請求原因1の事実中、原告の職歴は認め、その余は不知。

2  同2の(一)の事実は認める。ただし、昭和七年四月一日当時の逓信大臣は三土忠造である。

3  同2の(二)の事実中、新一が毎年一、〇九〇円の維持費を五か年間継続して国庫に納入しているとの事実は不知。その余は認める。

4  同2の(三)の事実中、靖三が高田本町請願三等郵便局局長を承継したい旨の書面を当時の逓信大臣に届出たことは不知。その余は認める。ただし新一が死亡したのは昭和二〇年五月五日であり、また請願者たる地位と局長の地位とは必ずしも一致するものではない。

5  同2の(四)の事実は認める。ただし、三等郵便局は勅令第九五号により特定郵便局となり、高田本町郵便局は昭和二六年一〇月二一日郵政省告示第三八八号によつて移転改称されて大和高田片塩郵便局となつたものである。

6  同3の(一)の事実中(6)を除き認める。

7  同3の(二)の事実中、昭和二一年五月特定局長の任命規定を改正し、女子も特定局長に任用できるみちを開いたことは認め、その余は否認する。

8  同3の(三)の事実中、特定局局長の相続性が認められ今日に至つているとの事実は否認し、その余の事実は、特定局局長の採用についてはその沿革を考慮して、競争試験を採用することなくとの点を除き、認める。ただし任用基準の改正は原告主張の点に限られるものではない。

9  同3の(四)の事実中、特定局局長が死亡その他の理由でその地位を退任した場合に、その遺族ないし親族が特定局局長の後任にその任用を申出さえすれば例外なく、その遺族が任用されているのが実情であるとの事実は否認し、その余は不知。

10  同4の(一)の事実中、靖三が昭和四九年六月五日に死亡したことおよび近畿郵政局長松井清武が昭和四九年七月一六日付で片塩局局長に訴外平井米蔵を任命したことは認め、その余は否認する。

11  同4の(二)の事実中、片塩局にはその当時三名の女子局員が勤務していたことは認め、その余は争う。

12  同5の事実中、原告が片塩局局長に任用されていれば俸給支給日が毎月一七日であることは認め、その余は否認する。

(被告の主張)

特定局長は国家公務員法(以下国公法という。)の一般職の公務員であることは原告も自認するところである。そして特定局長は国公法三六条、人事院規則八-一二の八三条一項、同九〇条一項により選考任用されるものであり、本件の片塩局局長の場合は、国公法五五条二項、郵政省設置法二七条、郵政省職務規程七条二号に基づき、近畿郵政局長が特定郵便局長任用規程(昭和二〇年五月一九日公達第三号、最終改正昭和四七年五月二九日公達第四〇号)に則り選考任用するものである。従つて原告の「近畿郵政局長の任命行為を要せず相続により片塩局局長の地位にある。」ないしは「特定郵便局長の地位は相続により承継取得できる。」との主張は、全く根拠を欠くものであることは明白である。そのうえ近畿郵政局長はいまだかつて原告を片塩局長に任命したことはない(このことは原告も認めている。)。

よつて原告の主位的請求は理由のないこと明らかである。

四  予備的請求原因に対する認否および主張

1  予備的請求原因1の事実中、新一が昭和七年四月一日片塩局の局長に就任したことは認め、その余は争う。なお新一の死亡は昭和二〇年五月五日である。

2  同2の事実中、原告が片塩局局長の地位を相続することになつたとの点は争い。その余は不知。

3  同3の事実は争う。

4  同4の事実中、新一が五、二二五円を出捐して取得した片塩局局長の地位の経済的価値は六、一二四、四一三円を下らないとの事実は争い、その余は不知。

5  同5の事実中、原告が昭和四五年二月より郵政省事務員となつたことは認め、被告の理由なき拒絶のため原告が片塩局局長になることができず、その精神的苦痛をいやすための金員が三、〇〇〇、〇〇〇円を下らないとの点は争い、その余は不知。

(被告の主張)

いわゆる請願三等郵便局は、大正四年勅令第二一五号により制定創始されたものであるが、同勅令二条は、その一項において「施設ノ為要スル創設費及維持費ハ請願者ノ負担トス」とし、第二項において「創設費ハ請願者ニ於テ直接ニ之ヲ支弁シ維持費ハ之ヲ国庫ニ納付スヘシ」としているのである。すなわち当時は通信機関設置に関する社会の切実な要望があつても、その整備拡充が国家財政の制約のため期待に沿うことができなかつたので、それを救済するために、施設に必要な一切の費用(創設費、維持費)を請願者において負担することを条件として郵便局を設置し、郵便、電信等の通信事務を取扱うこととされたものである。このように原告の主張する請願金(創設費、維持費)は、なんらかの事由により、本件のごとき請願三等郵便局が廃止されたとしても、もともと国が請願者に返還すべき性質のものではない。

従つて原告の予備的請求は、局長たる地位が相続されることを前提とする点においてすでに失当であるばかりでなく、右で述べたところからも、その理由のないことは明らかである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  主位的請求について

原告の祖父新一が昭和六年ころ勅令二一五号(大正四年一一月三〇日公布、同年一二月五日施行)一条に基づく「勅令請願通信施設」と呼ばれる高田本町請願三等郵便局の開設を申請し、昭和七年四月一日当時の逓信大臣よりその開設を認められ、同日付をもつてその局長に就任し、同人が昭和二〇年五月に死亡したので原告の父靖三が同月二一日同郵便局長に就任したこと、その後同郵便局は特定郵便局となり、大和高田片塩郵便局と改称されたが靖三は昭和四九年六月五日に死亡するまで同郵便局の局長であつたことは当事者間に争いがない。

ところで原告は、特定郵便局局長の地位は請願三等郵便局開設の経緯からみて相続によつて承継取得するものであり、特定局長の任命行為は特定局設立の歴史的事情から形式的なものであつて、原告が片塩局局長であるためには片塩局前局長靖三の死亡に伴う権利の承継、原告の就任の申出、任命権者が原告に片塩局局長としての適性の有無を検討するのに必要と考えられる期間の経過があれば十分であつて、任命権者の形式的な任命行為は必要としないと主張する。しかしながら、特定局長は国家公務員法(以下国公法という。)三六条、人事院規則八-一二の八三条一項、同九〇条一項により選考任用される一般職の国家公務員であり、本件片塩局局長の場合は国公法五五条二項、郵政省設置法二七条、郵政省職務規程七条二号に基づき、近畿郵政局長が特定郵便局長任用規程(昭和二〇年五月一九日公達第三号)により、年令満二五年以上で、相当の学識才幹ある者の中から選考任用し、相手方がこれに同意することにより就任するものであつて、かかる公務員たる地位を相続により承継取得することを認めるべき法的根拠は全くない。

そして本件において、原告に対し右近畿郵政局長の任用行為がなされていないことは当事者間に争いがないから、原告が片塩郵便局局長の地位にないことは明らかである。従つてその余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がない。

二  予備的請求について

(一)  原告は、片塩局局長の地位は原告の祖父新一が昭和七年当時の金員で五、二二五円の請願金を出捐することにより取得したものであるから、右局長の地位と右の金員とは対価の関係にあり、被告が原告の片塩局局長に就任することを拒絶した以上、被告は右の金員を原告に返還すべき義務があると主張するが、前記のとおり右片塩局の前身である高田本町請願三等郵便局は、原告の祖父新一が昭和六年ころ勅令二一五号(大正四年一一月三〇日公布、同年一二月五日施行)一条にもとづき当時の逓信大臣に対し開設を申請し、昭和七年四月一日右開設を認められ、同日付をもつて右新一が同局長に就任したものであり、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によれば、新一は右開設に際し、局舎の創設費および維持費として総額五、〇〇〇円余りの金員(原告のいう請願金)を出捐したことが認められるが、同勅令二条はその一項において「施設ノ為要スル創設費及維持費ハ請願者ノ負担トス」と、二項において「創設費ハ請願者ニ於テ直接ニ之ヲ支弁シ維持費ハ之ヲ国庫ニ納付スヘシ」とそれぞれ規定しており、また〈証拠省略〉によれば、同勅令の趣旨は、当時は通信機関設置に関する社会の切実な要望があつても、その整備拡充が国家財政の制約のため期待に沿うことができなかつたので、これを救済するため施設に必要な一切の費用(創設費、維持費)を請願者が負担することを条件として郵便局を設置し、郵便、電信、電話等の通信事務を取扱うこととされたものであることが認められ、右事実によれば、請願者の出捐した創設費および維持費は全面的に請願者の負担に帰するものであつて、これら費用の出捐が局長の地位と対価関係にあるものとは到底認めがたく、仮にその後なんらかの事情で右郵便局が廃止され、あるいは請願者が右郵便局の局長の地位を退くことになつたとしても、請願者ないしその相続人は国に対し右創設費および維持費の返還を請求することはできないものと解すべきである。従つて原告の被告に対する請願金の返還請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(二)  また原告は、被告の理由なき不当な就任拒絶により片塩局局長になることができず、精神的損害を蒙つたとして被告に対し金三、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを求めるが、〈証拠省略〉によると大和高田片塩郵便局局長樫根靖三の死亡に伴いその後任について訴外平井米蔵と原告の両名が競願し、結局平井米蔵が同局局長に任命された(任命の点については当事者間に争いがない)ことが認められるところ、前記特定郵便局長任用規程によると特定郵便局長は年令満二五年以上で相当の学識才幹のある者を任用するとされているのであつて、原告が主張するように従前請願三等郵便局であつた特定郵便局局長の任用が前任局長の親族についてなされていることが比較的多いとしても、前記のとおり局長の地位が国家公務員である以上局長を選考するについては当該局の人的物的施設の規模、職員の人間関係等を念頭においたうえ局長としての学識、能力、人物適性の有無に重点を置き適材を求むべく、その選考は本来行政庁の裁量に属するものというべきで局長の任用を前任局長の親族に限定されるいわれはないというべきである。そして近畿郵政局長が片塩局局長として平井米蔵を任命し、原告を任命しなかつたことが右裁量の範囲を著しく逸脱したものであることについては、〈証拠省略〉によるも認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。すると原告の右請求も損害の点について判断するまでもなく理由がない。

(三)  従つて原告の予備的請求はいずれも理由がない。

三  よつて原告の請求はすべて理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉橋良寿 宮地英雄 安達嗣雄)

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